大学院へ進学する皆さんは、心の中に突き上げてくる研究への思いがあり、進学を決めたのではないかと思います。その気持ちはこれからの人生においてとても大切なものです。ぜひ大切に育ててください。
現在の医学の体系は、皆さんが思っているよりも脆弱なものです。かつて適応とされていた治療法も、今日では禁忌とされたり、逆に禁忌だった治療が適応となったりすることを皆さんも経験されていると思います。生命現象や病気の成り立ちの理解も、細胞や分子の解析技術の進歩によって、これまでとはまったく異なる視界が広がっています。
研究にはいくつかの方法があります。ひとつは、自然を機械のように考えて部品(要素)に分解し、限られた条件のもとで因果関係(メカニズム)を論ずるという方法です。実は、生命や病気は要素に分けてもよくわからないことが多いのですが、現象を要素に還元する研究は科学の基本であり、なすべき仕事は無数に存在します。一方、原理がよくわからない場合は、データをたくさん集めて、偶然性やばらつきを超えて出現する法則性を、推測統計学によって見出します。これは因果関係を明らかにする方法ではありませんが、しばしば重要な法則を発見することができます。
メカニズム論や統計解析は法則性に関心を持つために、個別の現象については多くを語りません。しかし臨床医学では患者さんの価値観も考慮して病気の診断や治療を行っています。看護や介護などの患者さんの立場に立った研究や行政・経済からみた医療のあり方などの研究も、これから重要になります。ぜひ総合科学としての医学の発展を心がけてください。
研究には作法があります。まず、「読む」、「書く」、「話す」、「考える」力を鍛える必要があります。研究は論文にしなければならないからです。また、自然や人間に敬意を払いつつ、対象を批判的に考えることのできる健全な精神の育成も大切です。もっとも注意すべきことは、医学には恩恵とリスクがあり、見方によっては罪深い面があるということです。患者さんを対象として知識を得るとはどういうことかをよく考え、社会への説明責任を果たしつつ協働して、研究を進める必要があります。そのために多くの研究ガイドラインが定められていますので、これらもよく勉強してください。
さらに、研究には独自性が求められます。他の研究者の仕事の後追いを避けることが重要です。有名な研究者の考えを支持する研究論文は採択されやすいのですが、新規性の高い論文は査読が厳しくなります。したがって研究は孤独と隣り合わせです。しかし幅広い知識や考え方を持っていれば、壁を乗り越えることができます。
大学院では研究の楽しさを学び、自分の内面の世界を広げることができるはずです。皆さんの発展を心よりお祈りしています。